ケニア共和国の概要 line%20image.jpg

赤道上のアフリカの東海岸に位置する。国境は、北にエチオピアとスーダン、東にソマリア、608km続く海岸はインド洋に面し、西にウガンダとビクトリア湖(62,937km2)、南にタンザニアと接している。国土は582,646km2(日本の約1.5倍)で、人口は3,240万人(2004年:世銀)で主に国土の南部と沿岸部に集中している。宗教は、プロテスタント(40%)、ローマンカトリック(30%)、イスラム教(6%)、その他(23%)。

ケニアは変化に富んだ気候で、熱帯気候や温暖な気候など地域によって様々である。標高1,500m以上の中央部は温暖な気候だが、標高2,750mを越えるところでは農業が制限されるほど気温が落ち込むこともある。海抜0mのところの平均気温は26℃で、300mごとに1.7℃ずつ下がっていく。大雨季は4月から6月、小雨季は10月から12月。


ケニアのエイズ対策

ケニアで最も早い段階で感染が拡大したのはビクトリア湖岸のニャンザ州である。ニャンザ州の成人感染率(2003年)はケニア全体の6.7%に比べて、14%と極めて高い。また、ナイロビも9.1%と高い感染率であり、地域による格差が見られる。

1984年にエイズ感染の最初のケースが報告されて以来、ケニア政府のエイズ対策は、モイ政権下で、キリスト教会の影響を受け、コンドームの使用に否定的など、周辺国にくらべると低調であった。1999年、モイ政権がようやくエイズを「国家的災害」と宣言し、本格的な対策に乗り出した。大統領府に国家エイズ管理委員会を創設し、各省庁、各地域に対策部門を設けた。

対策の実践面では、NGOやCBO(地域住民組織)が1980年代から様々な活動をつづけてきた。予防啓発、検査に関しては、国際NGOやCBO、ケア・サポートはPLWHA(People living with HIV/AIDS)組織、また治療はミッション系病院、国際NGO、PLWHA組織が積極的に活動を続けてきた。ただ、多くの活動が予防と教育に偏ったため、人々の間にエイズに対する恐怖が広まり、人々がエイズを直視することを妨げたという側面もある。

2002年、キバキがモイ政権を破り、大統領に就任してから、先進国や国際機関がケニアへの支援意欲を復活させ、国連エイズ基金の創設にはじまる各国の積極的取り組みがはじまった。HIV/AIDS対策は多くの資金と人材を投資され進展し、ケニアでも、政府・NGOのエイズ対策活動が第2段階に入った。 エイズに対する科学的知識の普及、やABC政策に加え、VCT(自発的カウンセリング・HIV検査)の設置、性病予防、学校でのエイズ教育、母子感染予防、輸血血液検査といった「予防策」、そして、抗ウイルス剤療法、患者に対する家庭での手当て、カウンセリング、ワクチン開発等の「患者・感染者への支援と治療」が積極的になされるようになる。 現在、これら全てに各種資源が投入され、総合的な取り組みが進んでいる。