Positive Livingキャンペーン世界エイズ孤児デー国内の活動

「Positive Livingの連鎖」/世界エイズ孤児デーキャンペーン特別企画「私のPositive Living」 vol.46

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4月16日~5月31日の期間、ボランティア、サポーター、協力者など活動を応援する人たちが毎日ブログを更新!
テーマは「私の Positive Living」。それぞれの生き方や想いを通して、前向きなエネルギーをお届けします。
全国どこからでも、「今日はどんな記事に出会えるかな?」とアドベントカレンダーのようにお楽しみいただける企画です。
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“I am HIV positive, but I can live positively.”
(私はHIV陽性だけど、前向きに生きることができる)

学生時代、ウガンダで出会ったチャールズさんの言葉だ。

HIV陽性であることを、英語では「HIV positive」と呼ぶ。

エイズを発症していた彼は、「いつまで生きられるか分からない。でも、自分にはまだ、『できること』がある」と、仲間と共に、地方の村をまわり、HIV/エイズの正しい知識を広め、偏見を和らげるための演劇ワークショップを赤道直下の炎天下の下、続けていた。

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ワークショップでの一コマ

HIVと共に生き、職も家族も失い、それでも「この活動は楽しいよ」と笑っていた。

貧困、紛争、HIV/エイズ・・・ウガンダが抱える闇にただ息を飲むだけだった自分が、そんな彼と行動を共にすると、どこかに解決への光があるような気がした。

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「アフリカの真珠」と呼ばれるウガンダを流れるナイル川

日本に帰国後、外資系証券会社へ入社。

「いつかアフリカの現場に戻りたい」と考えていたが、入社後すぐにリーマンショック、深夜残業の嵐。
一緒に働いていた人たちが突然いなくなる日々を必死でくぐり抜け、気がつくとアフリカの空が遠のいていった。

そんなとき、一本の電話を受けた。
学生時代からの友人、代表の門田だった。
「ケニアに事業を拡大するんだけど、国内を支える人が必要なの。一緒に働かない?」

一瞬、迷った。

当時のPLASは、まだ事務所を構えたばかり、まともな保障もほとんどなかった。
でも、「私でよかったらやってみる」と答えていた。

よぎったのは、ウガンダを離れるときに、胸に刻んだ言葉だった。

「人生は、最初からベストな選択肢なんてない。選んだ道をベストにするために生きるんだ」

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そして、職員としての扉を叩き、仲間たちの背中を追いかけた。

ケニアで奮闘する同年代の職員、斬新な企画を次々と放つ当時の学生スタッフたち、企業で働きながら
頼もしくサポートする社会人スタッフたち、そして、大学卒業後、就職せずに率いてきた設立メンバー。

さらに、PLASを支える多くの人たちとの出会いが、アフリカでの事業展開の原動力となっていった。

壁にぶつかり、不安に苛まれる時もあるけれど、このブログ企画でも登場した、「Positive Living」そのままを体現している仲間や、支援者のみなさんの存在が、どんな不安だって掻き消してくれる。

ウガンダで「Positive Living」を教えてくれたあの人にもう一度会えるのならば、
「自分にはまだ、『できること』がある。だから、これからも前へ歩き続けるよ」と伝えたい。

「Positive Livingは、連鎖する」

45人の「私のPositive Living」、いかがでしたか?

失職、自身の限界、見知らぬ土地への移住、大切な人との別れ・・・
乗り越えなくてもいい、忘れることでもない。
受けとめて、一歩踏みだして、暗闇の中から光をみつけること。

好きなこと、自分が信じることにひたむきであること。

それが、いつしか周りをも照らしている。

そんなことを感じる記事ばかりでした。

アフリカで出会ったエイズ孤児たちが教えてくれた、「Positive Living」という生き方はPLASの原点です。
そして、「PLASを応援すると、自分自身が前向きになる」と応援して下さる方たちに支えられています。この「Positive Livingの連鎖」が、これからも、私たちの大きな原動力であり続けます。

小島 美緒(こじま みお)

エイズ孤児支援NGO・PLAS/事務局長
大学卒業後3ヶ月間ウガンダへ渡航。HIV陽性者支援を行う現地でのインターンや、エイズ孤児が通う小学校の改善に携わったことがきっかけでエイズ孤児の問題に関わるように。帰国後、民間企業で3年間勤務。社内での社会貢献活動に積極的に関わりながら、社外活動としてPLASのボランティア運営スタッフをはじめ数多くのボランティア活動や社会貢献活動に携わる。2011年よりエイズ孤児支援NGO・PLASで活動。