抗HIV薬の普及により、かつては死の病とも言われたHIV/エイズは、適切な治療を続けることでHIV陽性であっても健康に暮らしていくことができるようになりました。
しかし、「適切な治療」を「続ける」ことは簡単ではありません。
PLASの活動するケニア・ウガンダには数十万人のHIV陽性者がいると言われていますが、HIV陽性者やエイズ患者・その家族や地域住民への聴き取り調査から見えてきたのは、HIV治療薬の副作用に対する恐怖感や、治療に必要な規則正しく栄養ある食事をとることの難しさでした。
治療に関する知識を得られず薬をやめてしまうことも
この背景には、患者たちが治療に関する知識を得にくい環境があります。
たとえば、HIV/エイズへの偏見。
「もし自分がHIV陽性だと分かったら・・」
そんな不安を胸に、身近な家族や医療機関にも相談ができず、孤立してしまう患者さん。
また、HIV治療薬の副作用によって食欲の増進や体調不良が起こるため、薬を飲むことを止めてしまう人も少なくありません。
PLASの「アドヒアランス事業」の3つのアプローチ
こうした患者の抱える課題に対してPLASは、2018年から「アドヒアランス事業」として、医療者のスキルアップ、患者の農業活動、患者家族による治療支援の3つのアプローチで取り組んでいます。
(写真:HIV/エイズの治療薬)
「アドヒアランス」が意味すること
みなさんは、「アドヒアランス」という言葉を聞いたことはありますか?
少しだけ専門的な医療ことばになりますが、「コンプライアンス」という病気の治療にあたって患者が医療従事者の指示に従うという意味合いの言葉があります。
「アドヒアランス」は薬の内服に限らずライフスタイルまで含んでいる
これに対して「アドヒアランス」はより患者側に立った言葉です。
医療者と患者が相互に関わりながら患者が意思的に病気の治療にあたるという言葉で、世界保健機関(WHO, 2003)によれば「服薬、食生活、ライフスタイルといった人間の行動が、医療者による指導や助言に一致している程度」とされます
とりわけHIV/エイズの文脈では、単に抗HIV薬の内服にとどまらず、その他の治療的側面や、患者自身の健康管理・健康的なライフスタイルといった広い意味を含んだものです。
アドヒアランス事業を通して主体的に治療にのぞんでほしいという願い
「治療に向きあう環境を改善して、いわれのない差別に苦しむ患者さんやその家族が、主体的に治療にのぞみ、未来に希望を抱けるようにしたいー」
PLASがアドヒアランス事業をはじめた背景には、こうした思いがありました。
医療者への働きかけによる患者への関わり方のブラッシュアップ / 患者自身の農業活動による健康管理 / 患者家族の理解促進と治療サポートというように、医療的な側面以外の患者の生活にも複合的に働きかけることで、「HIV/エイズとともに前向きに生きる」姿の実現に向けた相乗効果を見込めると期待しています。
「ヘルスセンターの医療者に対するスキルアップ活動」がめざすこと
医療者のスキルアップ活動では、ヘルスセンターで、医療者向けの研修を実施します。「ヘルスセンター」とは、地域の診療所です。
ここでは、医師・看護師・助産師・医療ボランティア(医療資格はないが、地域のエイズ問題に興味を持ち、診療所のさまざまな業務を担う)が働いています。
医療者がコミュニケーションを学ぶ研修を提供
研修では、HIV/エイズの知識や治療方法を学ぶのではなく、患者さんへの「伝え方・コミュニケーションのしかた」を学びます。
HIV/エイズの知識や治療法は時とともに変わってしまうこともありますが、患者さんへの効果的な伝え方、教育の方法を学ぶことで、新たな治療法になっても、患者さんやその家族に効果的に伝えたり、患者さんを励まし、サポートしたりすることができるのです。
(写真:PLASの活動地ウガンダ・ルウェロ県のヘルスセンターで働く医療スタッフたち)
患者さんのスキルも改善します
ヘルスセンターでの活動以外にも、地域コミュニティでは、HIV陽性者グループと共に、農業指導も行います。アドヒアランスを低下させる原因の一つに、食糧不足があります。十分な食事を摂れず、空腹時に治療薬を服用すると、気分を悪くすることが報告されています。
アドヒアランス事業に農業を組み合わせ、健康を維持する
現地の人々の多くは自給自足に近い生活をしていますが、天候に左右される他、技術が足らず、うまく作物を収穫できずにいる患者さんもいらっしゃいます。事業では持続可能性の点から、患者本人の農業技術を向上し、自らの力で食糧確保できるスキルを獲得します。
アドヒアランス事業を通して、地域におけるHIV陽性者と家族が健康を維持し、より良い暮らしができるよう、パートナー団体と活動を続けていきます。
※この事業は皆さまからのご寄付とテルモ生命科学芸術財団様からの助成を受けて実施しています。
文:沖津麻衣(インターン)